波佐見焼

※情報は随時更新します(更新日:2025/11/22)

起源と歴史

  • 始まり(16世紀末)
    朝鮮出兵の後、現在の波佐見町村木に連れ帰られた陶工たちによって登り窯が作られ、焼き物づくりが始まる。この時代は、主に釉薬をかけた陶器が作られていました。
  • 磁器への転換(17世紀)
    磁器の原料が近くで見つかり、青い絵付けを施した「染付(そめつけ)」や、淡い緑色が特徴的な「青磁(せいじ)」などの磁器が本格的に生産されるようになる。
  • 発展(江戸時代)
    丈夫で手頃な「くらわんか碗」などが人気となり、全国に広まる。
    染付の生産量は国内トップクラスに成長。この器のおかげで、磁器が特別なものから「日常の食器」へと身近になっていったと言われています。
  • 名前の変遷(明治~現代)
    明治時代になると、鉄道が通るようになり、波佐見で作られた磁器は、隣町の駅から全国に運ばれていました。そのため、長い間「有田焼」として流通。
    2000年ごろから産地表示が厳しくなり、「波佐見焼」の名前が広く使われるようになる。

特徴

  • 白磁の美しさと、呉須(藍色)で絵付けされた染付の繊細で深い味わい。
  • 磁器(陶石:天草陶石、三股陶石など)が中心で、陶器よりも硬度が高く、丈夫で欠けにくい特性を持ちます.
  • 日常使いに適した丈夫さと機能性(吸水性がほとんどなく、汚れが付きにくい)。器自体が軽く、電子レンジや食器洗浄機にも対応した製品が多い。

主な工芸品

  • くらわんか碗(くらわんか茶碗)
    波佐見焼の代表作。江戸時代に大阪の淀川沿いの船で、酒や食事を売る食器として使われ、「餅くらわんか、酒くらわんか」という商人の言葉から名づけられました。厚手で素朴、丈夫で壊れにくい、簡単な染付紋様が特徴です。
  • 三股徳利(みつのまたとっくり)
    くらわんか碗と並んで、江戸時代に生産・販売された日用食器の一つです。
  • コンプラ瓶
    主に輸出向けに作られた、どっしりとした安定感のある瓶で、海外でも愛用されていました.
    ポルトガル語の「コンプラドール(買い手)」に由来している呼び方です。

魅力

波佐見焼は、「暮らしの中に生きる器」として400年以上の歴史を持ち、庶民文化とともに発展してきました。

伝統的なものでは藍色(呉須)の染付で、繊細な絵柄や唐草文様などが施されたものがあります。その一方で、モダンなものもあり、北欧デザインにも通じるシンプルさと機能美を持ち、カフェやレストランなどでも愛用されています。手頃な価格でありながら高品質、そして「使うほどに愛着が増す器」として、多くの人々に親しまれています。

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